旧市街の滋味
弊所は大阪市の「淀屋橋・北浜」地区にあります。
もともとこの地区に御縁があったわけではありません。
むしろ、この地区に足を踏み入れたことがほとんどなく、当初は別の場所に事務所を構える予定だったのですが、様々な事情が重なり、最終的にこの地区を選びました。
この地区を選んだ理由はいくつかあるのですが、その一つが、神戸の「旧居留地」にも似
た落ち着いた雰囲気でした。
一般的にはビジネス街というイメージがある地区で、実際そうなんですが、加えて歴史の
ある地区ということは少し知っていたものの、これまで世界史・日本史を問わず、歴史というものにあまり興味を持てず、この地区の歴史も詳しくは知らずに事務所を構えました。
この地区にはそこかしこにレトロモダンな近代建築があり、夜になるとライトアップされ、それはそれは美しい外観が浮かび上がります。
美しいだけに、それ以外の、現代のよくあるビルとの落差にも目が向きます。
このような美しい建築物は現代ではもう造られることはなく、減ることはあっても増えることはないんだろうな。
一抹の寂しさも感じながらこの地区を毎日歩いていると、少しずつ、歴史に目を向けるようになりました。
豊臣秀吉が大阪城(当時は「大坂城」)を築城する際、この地区は新しい城下町として都市計画で造られたエリアであり、その当時築かれた水路が今でも現役の水路として事務所のすぐ近くを通っていること。
御堂筋に架かる「淀屋橋」は、「淀屋」という江戸前期に活躍した豪商が架けたといわれることに由来していること。
江戸末期に緒方洪庵が創設し、福沢諭吉ら明治時代に活躍する名士を育てた蘭学塾「適塾」。
そして大阪が「大大阪」と呼ばれていた大正~昭和にかけて、当時の最先端のデザインを取り入れた近代的で個性豊かなビルディングの数々。
そこから、「○○年に○○があった」という事実の羅列としての歴史ではなく、「昔の人々はどんなことを考え、それがどのように社会の発展を促してきたのか」という方向に興味が進み、「自省録」(マルクス・アウレリウス)や「氷川清話」(勝海舟)、「論語と算盤」(渋沢栄一)、「哲学と宗教全史」(出口治明)などを読み進めるようになりました。
もちろん、それぞれ一読しただけですべて理解できたわけではありません。これから何度となく読み返す価値がある本ばかりですし、まだまだ他にも読む価値がある本はたくさんあります。
ただ、わからないなりに、そこはかとなく感じることがあります。
一言で言えば、「変わらなさ」というか。
人間は、古今東西、同じかもしれない。
重視することも、古今東西、同じかもしれない。
様々な本を読めば読むほど、その思いは少しずつ輪郭がはっきりしてきたように感じます。
社会の表層は過去とは大きく様変わりしていますし、今後も変わり続けると思われますが、人間の本質は今後もそうそう変わらないだろうと思います。
様々な本を読んできて一番よかったことは、この点を確認できたことかもしれません。
あるいは、人間の「変わらない要素」と「変わる要素」、「変えるべきではない要素」と「変えるべき要素」の見極めを、以前よりは認識できるようになったことかもしれません。
このことは、ビジネスを考えるうえでも重要な視座を与えてくれます。
ただ一方で、わからないことも依然として多くあります。
秀吉の時代に築かれた水路のように、数百年の時を超えて現役として使われ続けるモノを現代は生み出せているのか。
福沢諭吉ら幕末から明治時代に活躍した先人をいまだに輝いて見えるのはなぜか。
レトロモダンな近代建築を生み出した大正~昭和よりもはるかに発展し、豊かな社会になった現代に造られた建築の多くに魅力を感じないのはなぜか。
2023年末になってもなお、永遠に続くかのように果てしなく争いが続いているのはなぜか。
「我々が歴史から学ぶべきなのは、人々が歴史から学ばないという事実だ」とはウォーレン・バフェットの言葉ですが、2022~2023年は、歴史から学ぶことの重要性を以前よりもより心の深いところで理解できたように思います。
このような思考を巡らせることができたのも、この「旧市街」に事務所を構えるという幸運に恵まれたからこそです。
旧市街は、派手ではありません(かつてはそうだったかもしれないですが)。
いい塩梅に灰汁が抜け、佇まいが地味になればなるほど、滋味深くなってきているのかもしれません。
この地に事務所を構えてよかったと、心から思っています。
本年も、様々なご依頼に誠心誠意お応えしようと、私なりに励んだ一年であり、新たな挑戦も行うことができました。ありがとうございました。
来年もより一層皆様のお役に立てるように、誠心誠意努力することをお約束します。
皆様にとって、2024年が良い一年になりますように。
どうぞよいお年をお迎えください。