「勝つこと」と「負けないこと」

 勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。

 プロ野球の名選手・名監督であった故野村克也さんの言葉として有名になりましたが、元々は江戸時代の大名で剣術の達人でもあった松浦静山(まつら せいざん)の剣術書「常静子剣談(じょうせいしけんだん)にこの一文があるそうです。

(以下、剣道教士七段・居合道錬士六段 山崎淳一氏のサイトより引用)
http://yamazakinomen.mizutadojo.com/joseishikendan.html

 予(よ)曰(いは)く。勝(かち)に不思議の勝あり。負(まけ)に不思議の負なし。問、如何(いか)なれば不思議の勝と云う。
 曰く、道を遵(とおと)び術を守ときは、其(その)心(こころ)必(かならず)勇ならずと雖(いへ)ども勝ち得る。是(この)心を顧(かへりみ)るときは則(すなはち)不思議とす。故に曰ふ。
 又問、如何なれば不思議の負なしと云ふ。曰、道に背き術に違(たが)へれば、然るときは其負疑ひ無し、故に爾(なんじ)に云(いふ)、客(きゃく)乃(の)伏す。

【大意】
 私は、「勝ちには不思議の勝ちがあり、負けには不思議の負けがない」と客に答えた。
 そうすると客は「どのようなことを不思議の勝ちと言うのですか」と質問をしてきた。私は「本来の道を尊重し教えを守って戦うときは、心が勇気に満ちあふれていなくても勝つものだ。この心の有り様(よう)を振り返ってみて、不思議と考えている。だから、言ったのだ」と返答した。
 そうすると客は、「どうして不思議の負けはないと言うのですか」とまた質問してきた。そこで、私は「教えの本道から外れた間違った手法を取れば、負けに至るのは必定である。だから、貴方に言ったのだ」と答えた。客は恐れ入って平伏した。

(引用以上)

 常静子剣談によると「教えの本道を守っているか否か」がポイントのようです。
 教えの本道を守っていれば、他に負ける要素(心が勇気に満ちあふれていない)があっても不思議と勝つこともある。
 一方、教えの本道から外れれば、負けるのは必定である。

 私は以前は「勝負には運も介在するために偶然に勝つことはあっても、偶然に負けることはない。負ける時には必ず原因がある。」と解釈していましたが、あらためて常静子剣談を確認すると、不思議と勝つ場合であっても「教えの本道を守っていれば」という前提を置いています。
 教えの本道を守っていなければ負けることは明白であるのみならず、勝つためにおいても「教えの本道を守っている」ことは、「十分条件」ではないものの「必要条件」ということなのかもしれません。

 このことは経営にもそのまま当てはまる。実際の事例を見ていて、そう強く実感します。

 経営において成功する場合には、その時の様々な条件がたまたま良い方向に働いたことで成功する場合もありますが、経営において失敗する場合は、必ずと言っていいほど経営の基本をおさえていません。
 さらに、成功する場合もよくよく見れば、「一時的に」成功する事例では偶然の要素が働く場合もあるものの、「継続的に」成功している事例では偶然の要素が減り、必ずと言っていいほど経営の基本をおさえていると思います。

 言い換えれば、「経営の基本をおさえたからといって必ず成功するとは限らないものの、失敗する確率を減らすためには経営の基本をおさえる必要がある」ということは、少なくとも真実であると思います。

 経営の基本をおさえるということは、ハウツー本で手短に獲得できるような劇的で目新しいものではなく、地道な努力の積み重ねであり、一朝一夕にできることではありません。だから、私を含めて多くの人は途中でしんどくなってしまい、やめてしまいます。
 「継続は力なり」の本当の意味を知っている人のみが続けられるのかもしれません。

 ここまで思考を巡らせると、「勝つこと」と「負けないこと」は、似ているようで、方法論がまったく違うことに気づきます。
 「成功の再現性は低いが、失敗の再現性は高い」とも言われますが、成功事例を見て自分も同じように、というふうに「勝つこと」にまず意識がいくと、足元をすくわれたり、偶然性に左右されるリスクが高まります。
 一方、「負けないこと」にまず意識がいくと、足元をすくわれたり、偶然性に左右されるリスクが減り、結果として勝つ確率が高まります。
 今年のワールドカップの日本代表の戦い方を見ていると、後者の意識が徹底されていたように、サッカーの素人ながら感じました。

 私は今では、運とは「確率」であると考えており、経営も「全部ではないまでも、ある程度までは」確率論で語ることができると考えています。
 「運を味方につける」という言い方がありますが、運を味方につけるためには「地道な努力を続ける」「人知れず徳を積む」など、成功する確率を高める努力をしているからこそのことだと思います。

 本年も個人的には激動の一年であり、なかなかホームページの更新に手が回りませんでしたが、周りの方々に支えられ、なんとか駆け抜けることができました。ありがとうございました。
 「継続は力なり」の本当の意味を噛みしめ、来年もより一層皆様のお役に立てるように、試行錯誤を継続し、挑戦を続けます。

 どうぞよいお年をお迎えください。