ビジネスと生物のあいだ

 私はもともと理系出身であり、生物学を専攻していました。
 幼い頃から生き物が好きで、高校生の時には環境問題への関心も芽生え、レッドデータブック(絶滅のおそれのある野生生物種の生息状況等をとりまとめた書籍)の存在を知ったこともあり、動物学者になりたかったからです。
 いろんな紆余曲折があって公認会計士になりましたが、周りの公認会計士はやはり経営学や経済学を専攻されていた方が多い印象で、理系出身の公認会計士は少数派であり、中でも生物学を専攻していた公認会計士はさらにレアだと思われます(少なくとも私は聞いたことがありません)。
 公認会計士になった当初は、このことをコンプレックスに感じていました。
 周りの公認会計士は、学生時代からこの職業を目指し、初志貫徹された方が多いように感じられたのに対して、生物学とは何の関係もない職業に就いた私は、いかにも軸が定まらず、フラフラしているように感じられたからです。

 しかし、その考えは少しずつ変わっていきました。

 きっかけは、ビジネスの世界で、元々は生物学の用語だった言葉が使われているのを知った時でした。
 例えば「エコ」。
 今では「環境にいい」という意味ですっかり定着した言葉ですが、ビジネスの世界でも「エコシステム」という用語が「複数の企業によって構築された、製品やサービスを取り巻く共通の収益環境。具体的には、ある特定のスマートフォンを中心に、アプリケーションソフト、電子マネー、イヤホンや充電器などの関連製品が、つながりをもつ全企業に収益をもたらす環境を構築している例などが挙げられる。」(出典:小学館デジタル大辞泉)という意味で時折耳にするようになりました。
 「エコ」は、元々は「生態学」を表す生物学の用語「エコロジー」の略語です。私は生物学の中でも「動物生態学」(アニマル・エコロジー)を専攻していましたので、なじみのある用語でした。「エコシステム」も元々は「生態系」を表す生物学の用語です。

 あるいは「ニッチ」。
 ビジネスでは「すき間」という意味で用いられるこの言葉は、元々は「その生物種が生息するのに適用した環境(生態的地位)」を表す生物学の用語です。
 同じ生息環境に複数の似た生物種が存在する場合、生き残るか絶滅するかの厳しい生存競争になります。これを避けるために、生物は「棲み分け」をしています。生息場所をずらす、生息空間をずらす(例:樹上、空中、地下)、活動時間をずらす(例:昼行性、夜行性)、活動時期をずらす(例:花を咲かせる季節をずらす)、体の大きさをずらす、などの戦略を採用することで、今地球上にいる生物は生き残ってきました。
 経営戦略の一つに「ポジショニング」という考え方があります。競合他社の商品と比較した時に、自社商品をどのように差別化するかを考える戦略ですが、これとそっくりです。
 あるいは、「レッドオーシャン」(競争の激しい既存市場)を避け、「ブルーオーシャン」(競争のない未開拓市場)を創るという戦略とも同様に似ています。

 ダーウィンのあまりにも有名な言葉「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一、生き残るのは変化できる者である。」。
 これも、ビジネスの世界でもよく引用される言葉ですね。

 ビジネスと生物は、意外に共通点が多いのかもしれない。そう思うようになりました。

 細胞が分裂する時、遺伝子が格納されているDNA(デオキシリボ核酸/deoxyribonucleic Acid)も2つにコピーされます。ほぼ正確にコピーされますが、ごくたまにコピーミスが起きます。このミスが細胞増殖に関わる遺伝子部分で起きれば「がん」になります。
 一歩間違えれば自らの生命を奪うリスクがあるにもかかわらず、この現象はどうして起きるのか。それは「進化」のためと考えられています。
 一定頻度でDNAが変化することで、異なる遺伝子、異なるタンパク質を作り(DNAはタンパク質の設計図)、そして異なる生物を作ります。現在、地球上に膨大な生物種があるのも、DNAのコピーミスを含む変異が起こり続けてきた結果です。
 「個体として生き残り、種が繁栄するために行動する」という生命活動の原則に従い、まず個体として生き残ることを担保した後は、種が繁栄するために、短期的には非効率に見えても一定の失敗を許容し、探索を続け、変化する環境に適応し、種全体の未来の生存確率を上げる仕組みを持っています(一部引用:「ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考」高橋祥子、NEWS PICKS PUBLISHING)。
 ビジネスにおいて、短期的な利益を確保しつつ、末永く生き残るために様々な可能性(長期的な研究開発、新事業展開など)を試している企業とそっくりです。
 あるいは、会社設立直後は自らの利益の確保に懸命になりつつも、一定軌道に乗ると社会的使命や利他的な視点を重視する名経営者の姿が重なり合います。

 このように、類似点を挙げればまだまだありますが、生物学の知見はビジネスに応用できることが多いことに気付かされました。
 公認会計士は「生物学とは何の関係もない職業」と思いこんでいたけど、実は「地続き」である。今ではそう思っています。
 ビジネスも生物の一種である人間が行う活動ですので、当たり前と言えば当たり前かもしれないですね。
 また、文系・理系という既存の枠組みで思考すること自体、今後の世界ではナンセンスですよね。

 ちなみに、ダーウィンは生物学者だと思いきや、本業は地質学者である点に、私は強く興味を惹かれます。異端であるがゆえに新たな視点を獲得できたのかもしれない。ダーウィンと比べるのはおこがましいにも程がありますが、わが身に引き寄せてそう考えると勇気付けられます。
 生物学から得られた「気付き」も含めて、皆様により良い「気付き」をご提供できるよう、これからも探求を続けたいと思います。

 2021年も周りの方々に支えられ、触発され、勇気付けられました。ありがとうございました。
 より一層皆様のお役に立てるように、2022年も試行錯誤を継続し、挑戦を続けます。
 どうぞよいお年をお迎えください。

(追伸)
 本文は、上述の高橋祥子氏の著書のほか、以下の書籍を参照しています。
 いずれの書籍も、私がおぼろげながら感じていたことをわかりやすく説明されており、またそれ以上に、新たな視点を提供してくださった書籍です。ご興味があれば是非ご一読ください。
・「雑草という戦略」稲垣栄洋、日本実業出版社
・「38億年の生命史に学ぶ生存戦略」稲垣栄洋、PHP研究所